タイトークラシックス
「タイムギャル」が発売されたのは1985年だ。
1985年といえば、家庭用ゲーム(いわゆるコンシューマーマーゲーム)の世界において最大級の事件が起きた年、と断言してもよいだろう。そう、「スーパーマリオブラザーズ」の発売である。
ファミコン本体は、2年前の1983年に発売されていたが、1985年の「スーパーマリオブラザーズ」が空前絶後の大ヒットとなり、社会現象としてのファミコンの大ブームをもたらした、ということに異論がある人はいないだろう。
また、北米市場においても、ファミコン本体がNintendo Entertainment System(通称NES)として発売されたのが1985年。同時発売タイトルは日本でも発売されたばかりの「スーパーマリオブラザーズ」。任天堂は1985年のCES(Consumer Electronics Showで北米でNESの発売を発表していたので、CESの時点ではすでに北米におけるNES(海外版のファミコン)の歴史が始まっていた、と言ってもいいだろう。
(写真提供:ファミ通.com)
つまり、1985年は、日本でも北米でも子供たちやゲームファンたちがあまり時差がない形で「スーパーマリオブラザーズ」の洗礼を受けた年で、すなわちファミコンを中心にした家庭用ゲーム市場がワールドワイドに回り始めた年なのだ。
じつは、ファミコンの専門雑誌「ファミリーコンピュータMagazine」(徳間書店)が発売されたのも1985年だ("ファミコン通信"の発売はその1年後、1986年です)。
自分自身を振り返ってみても、当時ゲームセンターでよく遊んでいた「10ヤードファイト」(アイレム)がファミコンで発売されたと知って、真っ先にソフトを買い、当時同じ大学でいっしょにバンドをやっていたK君の家に行き、K君のファミコン本体に挿して遊んだ記憶がある(その後で自分のファミコン本体を買った)。「スーパーマリオブラザーズ」は、その直後にやってきた!
そう。だから、自分がファミコン本体を初めて買ったのも1985年なのである(もっとも、俺は二浪してるので、1985年にやっとファミコンが買えるようになった、というところもあったのだが…)。
当時はゲーセンのゲームがファミコンで出る! と聞いて、買いに行ったりしたものだった。「ギャラガ」も「ゼビウス」もそうだった。(最初にもっと払うわけだけど)いちいちコインを入れなくてもコンティニューできる! と。
そして、自分も、1985年以降、自分の家・部屋で昼間でも夜中でも何時間でもゲームができるという悦楽にハマっていくのだ。
「タイムギャル」は、まさに時代が切り替わる、その頃、発売された。
しかも"LDゲーム"という、少し特殊なアーケードゲームとして。
LDとは、レーザーディスクのことだ。国内ではパイオニアが発売していたデジタルに映像が取り出せる、光ディスクだ。自分の中では、お金持ちの家にあるか、すごいオタクの家にあるような、高級な家電だった。当時は、まさに家電メーカーが世界を席巻し、日本の産業界の中心にいて、技術大国日本を背負っていた。先に述べたCES(家電の展示会)が大々的に年2回開催されていて、世界的にも"家電の時代"だった、んだと思う。
最先端の技術がある程度廉価になったところで(あるいは量産して廉価にして)楽しいことに使って普及させるのが、エンタメやゲームの業界だ。
ゲーセンにおけるLDゲームは、筐体の中にいわゆるレーザーディスクを読み取る装置を備えており、当時としては非常になめらかかつ美麗な映像をゲームに使用することができた。LDの技術をアーケードゲームの筐体に活かしたものだ。
見た目は普通の筐体だが、映像とゲーム性が特徴を持っていた。基本的には、短い映像と短い映像の間に一瞬だけ入力をさせるものが多く、適切な入力をすると次の映像が流れることで物語が進む、という仕様のものが多く、ゲームのインタラクティブ性、ゲーム性そのものに関しては、単純といえば単純なものが多かった。
が、当時は、映像を見るのもVHSテープなど、アナログ全盛の時代だったので、デジタル信号によるアニメーション映像をゲームに反映させたこと自体が画期的だったし、いまでは当たり前の演出としてのムービーやアニメシーンの挿入等も、皆無と言ってよい時代だったので、全編がアニメーションするゲームは、相当なインパクトがあった(はずだ)。
また、LDゲームといえば「ドラゴンズレア」が有名だが、同ソフト等が牽引力となり、1983年~1984年にアメリカでブームに。日本でも同時期には数々の作品が作られるが、そんな激動の時代だったせいか、アーケードにおけるLDゲームのブームはほんの2、3年で終息してしまう。
ゲームの歴史の中に、彗星のごとく現れ、まばゆい輝きを見せつつ、すぐに歴史の表舞台から姿を消していった、夏の花火のような存在だったと言えるだろう。
そんなLDゲームの中でも、「タイムギャル」は名作中の名作だと思う。
…と、その理由を説明するまえに、まずは「タイムギャル」について簡単に説明しておこう。
「タイムギャル」は1985年にタイトーからアーケードの筐体ゲームとして発売されたゲームだ。タイトーが先行して発売していたLDゲーム「忍者ハヤテ」等のシステムを踏襲しつつ、男性キャラから女性キャラに、忍者が活躍する過去の世界から、未来的SF的な世界に変更。
30世紀の未来の大悪党ルーダが、歴史保安警察内に保管されていたタイムマシンを強奪し、時を超えて逃亡したため、歴史保安警察のエース「タイムギャル」こと歴史保安官レイカがタイムスーツの力で時空を超え、ルーダを追跡する、という物語だ。
一定の時間内に、4方向レバーによって、避ける、その方向へ進む、というようなレイカのリアクションを入力したり、ボタンを押すことで武器を使ったり、時間を止めることができ、その入力が正しければ、次のアニメーションシーンが流れる、という仕組みでゲーム(および物語)が進んでいく。
レイカがタイムリープする時代は、B.C.70,000,000(紀元前7000万年前)からA.D.4001(西暦4001年)の時代。巨大な生物、古代の戦士や海賊、悪霊や妖怪的なもの、さらには未来のロボットなどの敵が立ちはだかり、さまざまなピンチが降りかかってくるが、それをレイカがどう乗り越えていくか(あるいは、どんなやられ方をしてしまうか)を楽しむ冒険活劇なのだ。
…ということで、名作の理由に話を戻そう。
まず、LDゲームの肝でもある、アニメーションの質がとても高い。
アニメーションは、日本アニメ界の老舗中の老舗、東映アニメーション(旧:東映動画)が制作しており、当時の日本のアニメ界の高い技術、表現が用いられていて、構図にしても、設定にしても、キャラクターにしてもとても味わい深く、魅力的だ。
調べてみると、キャラクターデザインを手がけた我妻宏氏は、「魔法使いサリー」「秘密のアッコちゃん」「ゲゲゲの鬼太郎」「グレートマジンガー」「週刊ストーリーランド」などの作画監督や「一休さん」「三国志」(日本テレビ)などのキャラクターデザインなども手掛けた方だ。
とくに日本の少女向けアニメの先駆者的な「魔法使いサリー」「秘密のアッコちゃん」等に関わっていたことはレイカの魅力的な人物像とも無縁ではないだろう。
また、その魅力的な女性主人公レイカの声は、声優の山本百合子さんが担当。
調べてみると、山本百合子さんは、16歳でアイドル歌手としてデビューし、テレビ番組・舞台でも活躍。1980年に「サイボーグ009 超銀河伝説」の挿入歌を歌い、その後声優活動を始め、「北斗の拳」のユリア、「レディジョージイ」のジョージイ、「魔法使いサリー」(1989年版)のサリー等、さまざまな女性キャラを演じた方だった。
(最近では家庭教師のトライのTVCM「教えて!トライさん」・アルプスの少女ハイジ編にてクララ役も演じているらしい…!!)
その、山本さん演じるレイカは、今見ると時代を感じさせる衣装…ではあるのだが、じつは、それも魅力のひとつで、イマドキのキャラクターにはない、素朴で、一直線でありながら、かわいらしくて、かつ健康的なセクシーさも合わせ持った、じつに魅力的なキャラクターなのだ。これは、アイドルでもあり、多方面に活躍されている山本さんご本人の人柄や人間力に負う部分も少なからずあったのだろう… と思う。
ある意味では、"LDゲーム"という特殊なゲームジャンルが一時でも存在しなかったら、まだまだ歴史の浅かったゲーム業界の開発と、アニメ界のトップレベルの制作者たちが、ゲームというフィールドで出会い、一緒になってコンテンツを作ることは、もう少し後の時代まで待たなくてはならなかったかもしれない。
世相に目を移せば、1985年の日本レコード大賞は、中森明菜さんの「ミ・アモーレ」が受賞している。また、荻野目洋子「ダンシングヒーロー」や中山美穂「C」、松田聖子「天使のウインク」にとどまらず、アン・ルイス「六本木心中」や小林幸子「恋におちて-Fall in love-」、岩崎良美「タッチ」などもヒットした年だった。また、フジテレビで「夕やけニャンニャン」の放送が開始された年でもあり、あの「アッコにおまかせ」や「スケバン刑事」も始まっている。
アイドル全盛時代でもありつつ、魅力的な女性たちがその活動の幅を広げ、ロックの楽曲やアニメやドラマの主題歌など、さまざまなジャンルでさまざまな女性が活躍した時代だ。強引に言っちゃうと、高度経済成長を支えた男たちに変わり、経済は安定し(狂乱バブル時代の直前だ)、文化やエンタメの時代に移った時代に、女性ならではの魅力や有り様が、多方面、ことエンタメ界で花開いた時代だったのではないだろうか。
そんな時代背景の中で、たまたま出会うことができたアニメとゲームの幸運なコラボが、アイドル的なかわいさも、時を超えて悪を追う勇敢さや正義心も、でも失敗を気にしないおおらかさも併せ持ったレイカという女性キャラを生み出すことになったのは、時代の要請であり、歴史的な必然だったのかもしれない。
(※ハリウッド映画の名作「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が公開されたのも1985年なので、タイムリープものへの関心も高かったはず…。)
このゲームの魅力は、そんな勇敢でかわいらしいレイカの、7000万年前から未来の4001年までの幅広いシチュエーションでの、さまざまなピンチを乗り切るクールなアクションシーンと、ピンチを乗り切れずに失敗したときのコミカルなやられシーンよって生み出されている。
正義のヒーローのカッコよさと"ドジっこ"キャラ全開の親しみやすさが、対比的に表現されていくことで、映像を見ることがメインになりがちなゲームにメリハリとリズムを生み出しているのだ。余談だが、とくに、やられシーンでは、同じアニメーションでもセリフがさまざまな種類があったりして、飽きさせない…どころか、全部のやられシーンを見たくなってしまうほどだ。
なかには、敵におしりをやられたり、胸を攻撃されたときに聞ける「おしりダメ―」とか「おっぱいいやーん」「ブラとれちゃうじゃない」「いやーんエッチ」などのちょっとエッチなセリフから「げばげばー」「ぐべびぼー」などのおマヌケなセリフまで、多彩なやられっぷりが、じつに楽しい!
LDゲームの宿命としてゲーム性はシンプルである中で、バリエーション豊かな主人公のリアクションが、じつはこのゲームのインタラクティブ性を担保しているのだ。ゲームシステムの足りない部分を、ヒューマン&キャラクターパワーが補う形で、いや補うどころか、このゲームの本質的かつ重要な部分を担っている。プレイヤーが入力したことに対する結果と、プレイヤーがゲームを進行させる動機が、まさにそれなのだから。
つまり、LDゲームの枠の中で短命に終わらざるを得なかったが、だからこそ、LDゲームというシステムを超えたところに”何か”があると感じさせる。もし、LDゲームじゃなかったら…!? という可能性を遊び手に感じさせずにはいられない作品なのだ。
新しいハードでゲームシステムを変えられるとしたら…? レイカがまったく違うジャンルのゲームに主人公として採用されたたら…? レイカもそれを望んでいるのでは…!? そんな妄想をかきたてづづける。その有り様こそが名作である理由だと思う。
ちなみに、iOS版を遊んでみて驚いたのは、な、な、なんと!! このゲームの解法である「次の入力」が表示されるオプション"ナビゲーション機能"がたった120円で購入できること!! 自分も、もちろんすぐに購入しました。
アーケードゲームだったら、毎回毎回100円玉を入れなくちゃいけないところがたった1回120円を払えば済むようなもの。この値付けは、かなり太っ腹だ!(ゲーセンからファミコンに移っていった頃と同じ理由だ!)
なおアプリ本体の価格は、840円。無料ダウンロードモデルが多い中にあっては高く感じる人もいるかもしれないが、まさに"時を超えて"レイカにまた会えるのだから、ファンにとっては安いものだろう。
設定資料集が見られる"ギャラリー"は480円。だが、まずは120円でナビゲーション機能をフル活用して、あらゆるシーンを見尽くした後では、おそらくレイカの魅力にユーザーがとりつかれて、もっとレイカの絵が見たくなるはず…なので、最初にうっかり120円払ってくれれば、あとから480円も出すことになるでしょ!? というタイトーさんの読み(だと思う)はいいところを突いている、と思う。
それに、アプリのゲームではまだまだ止め絵を使ったゲームも多いし、全編アニメーションなんてゲームはそうそうない。だが、今の世は小中学生でもスマホで動画を視聴する時代なのだ。
そんな今だからこそ、スマホのアプリでこそ「タイムギャル」はもう一度きらきらと輝くのでは…!? とそんな思いをついつい持ってしまう。さすが名作、さすがタイム・ギャル。レイカは時代を超える力を持っているんだな、と。
だからきっと、まだこれからも、意外なところでレイカに出会えるような気がしている。
(※「タイトーさん、新作お願いしますよ~!」の意です)
(追伸)
余談だが、ひそかに、イマドキの女子に一人でもこのレイカのコスプレをしてくれる人が出てくるとうれしいな、とも思う。その時が来たら、自分は悪党ルーダのコスをするとしよう。(ルーダなにげにイケメンですが…)
(追伸2)
じつは、この原稿を書いている間に、キャラクターデザインを手がけた我妻宏さんが先月亡くなられたと書かれたサイトに出くわしました。言葉もありません。レイカというキャラクターを生み出してくれたことに改めて感謝を申し上げつつ、我妻宏さんのご冥福を祈り申し上げます。
バカタール加藤
プロフィール
株式会社Gzブレイン所属。
「ファミ通64+」、「週刊ファミ通」、「Walker47」等の編集長を歴任。現在ニコニコチャンネルにて、「世界でいちばん役に立たないゲームch.」や「ユリコちゃんねる」といった番組をプロデュース。
また、毎月第2・第4火曜日、「東京中日スポーツ」の紙面で「オヤジでもわかるゲームな話」を連載中!